夜空の浜辺

 浜辺を覆う、静かな夜空。深淵漂う星達の下で。
「あの日のこと、思い出しますね」
 クロードは独り言に似た、砂のようにぽそりとした声を漏らす。
「…あー。ラクアの夜か」
 数ヶ月前の、熱に溢れた冒険の終幕間近。
 翌日からの戦いの不安より、後の事が気になってたまらなかった、あの夜。
 無事に生きている事を含めて思い起こし、胡坐をかいたまま長い息を吐く。
「まさか、なぁ」
 決戦を勝利することは当然だった。
 意外だったのは、彼は故郷に戻るだろう、と思っていた。それなのに。
 それが常道の筈だったのに、何故か今は日々を傍で過ごしている事。
 複雑ながらも決して嬉しくないわけではないが、ただ、意外だった。
「僕も、その時は迷ってたんですけどね」
 クロードは首をかしげて睫を伏せる。
 想い耽るのは何の姿か、如何せん、心は暗闇よりも読めないもの。
 短い沈黙が寄り添うより早く、ボーマンはちりりとした胸のうちを呟く。
「お前が後悔しない方か? 今は」
 自分の持つものを故郷へ置いてくる気持ちは、少しだけ分かる。
 だが、こちらは置き去るつもりなど、一切ないのに。
 そんな手段で満足できるものだろうか?
「前も言ったでしょう。今は全然迷ってませんよ」
 強い意志を感じるわけでもない、頑ななわけでもない。
 満天を仰ぎながら、嬉しそうに言う。
 決断をずっと前に通り過ぎ、過去の行為に祝福を抱く姿。
「ならいいや」
「いいんですか?」
 きょと、とした面差しを向ける。
 本当にいいのかどうかはわからない。
「いいだろ」
 だけれども、あまりにも幸福そうな彼を、阻む事ができるものか。
 決めたのは彼で、決めるのも彼で。
 こちらの誓いを揺るがしさえしなければ、しばし共に過ごすのも、悪くはない。
 しばしの変わらない日々を。
「そうですよね」
 昔より随分と自然になった穏やかな笑顔。
 こちらの言葉を身に含め、内側に浸すように蕩けた心を浮かばせる。
「人の顔見て確かめんなよ」
 つんとした口調を舌に乗せるが、何故か至る気恥ずかしさが、かき消えない。
 彼はもう、周囲で行方を確かめてはいない。
 自由にそこにいた。誰よりも自らの為に、ここにいると決めていた。
 迷いの道程は想像するしかないが、成長の道程だけは見てきた姿。
 今は、ここにいる。手の届く距離。
「……キスしませんか? あの時みたいな」
「やだね」
 唐突な申し出をすぐさま拒否する。
 涼しい風が頬の熱を焦らせた。
 くすくす笑って青年は、砂を手のひらで撫でながらこちらに寄ってくる。
 拒否の裏側を掬い取る仕草の瞳。
 淡い光に白く縁取られた金髪が、眼前でなびゆく。
 ささやくように。息の行方はくらました。
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