25、6才&13、4才くらいなつもりで。

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 自宅の庭園を散歩するような、上品ではあるが溌剌を露にした佇まいで、美少女はそこにいた。
 左手にある物は、遺跡には不釣合いの度を越している。金串に刺さったチョコドーナツ。一口かじって輪が欠ける。
 それらの日常感が、この場所の亡霊や妖精ではないと証明していた。
 だが、整った顔の大人びた一瞥は、何を考えているのか全く読めない。
「盗掘できるようなものはなにもないと思うけど?」
 甘い声ではあったが、辛い口調が開く。金色の瞳は若くして既に、狩りを知る豹を宿していた。
 薄い太股のホルスターに収まった、華奢で無骨な鉄のアクセサリーも、標的に迷うことなく吼えるのだろう。
「確かに、沈黙って選択もあるわね。今から狩りの時間になるけれど」
「そりゃまぁオレは貧乏で怪しいが、正体は真面目で優しい若くてハンサムで紳士の考古学者さ」
 少女が銃に手を触れる前に、両手を仰ぎ早口で正直に明快に告げると、桃色の口はぽかんと呆れ返っていた。
「この魅力あふれる遺跡に、会いたくて恋焦がれてしまった男さ。管理人に依頼の手紙を百も送ったが、なしの飛礫。
 こっそりと来てこっそり帰る、何も盗りゃしない壊しゃあしない。こういう場所の専門家だからね、接し方は心得てる。
 風が通ったようなもんさ。ここはひとつ、オレを夢物語の語り部にしてみないか?」

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「滅びたものの……なんていうのかしら? 滅びてしまう繁栄の末路」
「栄枯盛衰、か」
 うっかり言葉を補うと、少し不機嫌そうに、しかし金色の波に縁取られた顔はぱっと明るくなる。
 美少女の無邪気とは呼べない知的な微笑みは、妖艶さの水際をのぞかせていた。
「それかもね。盛者必衰、盛衰興亡。
 ここは滅ぶことも知らない過去の人間が、世界の全てだと思っていた場所。
 今となれば幼稚な力が成長を遂げた挙句、後の人類が熟したとばかりに結論を下す」
 物語のように紡ぐが、夢を見るというより、わざと酷い言葉を使っているように含んだ笑い。
 その先は照れくさい様子で、彼女は黙ってしまう。ドーナツは既になく、代わりに串をくるくる回した。
「月日を重ねて、尚存在するここに、敬意があるということだな」
「敬意? そういうのとは違う」
 小柄なため息をはさむ。
「ここは、私の部屋よ。だって一番落ち着くもの」
 閃きがひとつ瞬いた。
 人間である彼女が、財閥の管理する遺跡に平然とおり、地理に慣れた様子で、堂々とした振る舞い。
 無邪気な仕草でこちらの肩に腰掛けつつも、いつでも撃ち殺せるような敵愾心を隠さずいたのは。
「君は、もしや」
「オペラ・ベクトラよ。私が先に自己紹介するだなんて、はじめてだわ。ミスター・侵入者」
 気がつくのが遅すぎた。彼女がこの地の持ち主だ。手紙を送った相手だ。今も尚この地には、女王が君臨している。
 いいや。元より、知っているべきはずだったのだ。
 彼女が生まれたという十年ほど前の報道が、うっすらとした記憶として彼の脳裏に蘇る。

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「君がご生誕って報道を、オレは覚えているということさ」
 決定的な一言であるはずが、へぇ、と小馬鹿にしたように女の顔で射抜いてきた。
 それはすぐさま翻されるであろう反撃を予感させ、ぞっと肝を冷やしてくる。
「その記憶がなくなったとしても、あなたにとっての現状まで変えるなんてこと、あるのかしら。
 地位も時間も、記憶に依存しているわけじゃないのに、言い訳にするだなんてちっぽけね」
 珍しく、相手を圧倒させるあの視線は合わせてこない。
 だが、見るからに泡立つヒステリックを抑えながらも諭す姿は、先ほどまでよりも真剣で切実な迎え撃ち方だった。
「第一私、あなたみたいな若造に惚れるほど子どもじゃないの。勘違いは迷惑よ」
「それは失礼しました」
 どうみてもまだ幼い小娘が『若造』という言葉を使う姿には、流石に苦笑が誤魔化せない。
 しかし少女がその言葉の似合う女になったとき、どれだけの男が涙を飲むのか、想像しやすいものではあった。
 最高にいい女になるだろう、それは今からでもよく見て取れる。
 そのときに己がこの美女の眼に敵う男になれると自負できるほど、自惚れてはいなかった。そのときに出会うことがあるのなら、ドラマチックに攫いたいと願うほどに魅力の片鱗を見せてくるが、簡単にそうさせない強靭な女になる。
 だけれど。否、そして、と言うべきか。
 少女は白い指で、折れそうな腕を伸ばして、こちらの顎に柔らかく触れる。
「……でも、そうね。あなた、髭は似合うわ」
 ふわ、と黄金の波が揺れてすぐに隠した隙間には、今までで一番少女らしい微笑みが浮かんでいた。

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とはいえ二人の出会いは、まるで冒険映画の主人公ヒロインのようなもので、大人になってからだとは思うよ。
(まぁ生意気なお嬢さんだったのが、美女に成長して再会という展開もアリっちゃアリだが)
オペラは幼い頃から、年齢重ねた男のほうがいい、と思っていると期待。髭好きでさ。
遺跡もそれなりに好きだと思うよ。伝統を守る由緒ある貴族な視線で、流行り物よりもずっと。

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