「聞きましたよ、ボーマンさん。おめでとうございます」
 それだけで、彼には何の事かわかったらしい。ああ、と短い返事は、こちらの心情も察したのだろう。
 だけれど、表情を崩さずに僕は言葉を続ける。
「たぶん僕が、パーティの中では一番ボーマンさんと仲が良いと思っていたんですよ。
 子どもができたこと、最初に教えてもらえると思っていたのになぁ」
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 だってお前、ほらみろ、やっぱりポーカーフェイスじゃねーか。
 全然悲しくないってフリするときは決まって、レベル上げすぎた、その無表情な笑い方じゃねーか。
 俺、それ嫌いなんだよ。見たくねーんだよ。
「最初にクロードに教えられなかったのは、悪かったよ。
 だけどな、教えて喜んでもらえるような関係じゃねえだろ俺たち」
 一番の仲良しに教えるってのは、仲良しのタイプにも拠るだろうが。
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「そうですね。だから僕たちは終わりにしましょう」
 言えた。目を合わせることは、さっきからずっとできていないけれど、言えた。
 胸がトクトクと痛くて、喉がズキズキとうるさくて、彼の反応は読めていない。
 自分の言うべきことだけで、僕は精一杯だ。
「それで、父親として子どもと、いっぱい遊んであげてください。女の子なら、うっとうしいって思われるくらい。
 ボーマンさんは奥さんを置いて旅に出てしまった人だけど、子どもは置いていかないでください」
 僕みたいな、寂しい子ども時代を送らせないでください。
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 そんなことは知ってんだよ。
 絶対に自分の昔と重ねて、終わりにしようって言ってくるって分かってたんだよ。
「だから知られたくなかったんだけどな」
 完全に隠すのは無理にしろ、何かもっと伝えるのにいい方法がねぇかなぁとは考えたんだ。
 なかったけどよ。
「でもよ。俺が愛娘の父親になったってだけで、どうしてクロードのことまで諦めなくちゃいけないんだ?」
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 うわあ。何言ってるんだこの人。びっくりした。
 ただでさえ、人の夫な時点で、こちらがどれだけ悩んでいたと思っているんだ。
 なんでこんな不誠実な人が好きなのか、腹が立ってくる。好きだからこそ腹が立つんだろうけれどさ。
 なんて言えばいいのかな。
 ……ああ、そうか。
「僕があなたを諦めるからですよ」
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「えー。嫌だぜそれ。俺が捨てられるとか、まさかの思ってもなかった展開だな」
 本当に思いもしていなかった。
 ずっと続くとも考えなかったし、捨てられる想像もしてなかった。俺がフってやる気はあったんだが。
 意外と、本当に意外だが、少しだけ辛いな。あとでひとりで酒飲んでたぶん泣くぞこれは俺。
 すっげぇ嫌だなぁ、クロードなんかで泣かされるのかよ。マジかよ。
 そんなことが頭で巡る間に、クロードの怒っていた気配が、少し穏やかになった。
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「嫌でも、もう決まっているんです」
 つい笑ってしまった。だから、顔を合わせないようにしていたのが、ようやく振り向けた。
 彼の顔を見ると、本当に不満そうなのはともかく、分かりやすくさびしそうで、また好きになりそうになる。
 でも、またもなにも、ない。ずっと続いていたし、これで終わりだ。
「友達としてくらいなら、まだ一緒にいられますから」
 嘘だろうな、これ。たぶん、僕は耐えられなくなって、遠距離をいいことに、音信不通になる。
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 嘘だろ、それ。絶対に、お前は耐えられなくなって、遠距離をいいことに、音信不通になりやがる。
 だけどそれが落としどころか。今の時点なら。
「しょ……ぅがねえ、なぁ」
 うわクソ、ちょっと涙声になってやがった。唐突に風邪ひいたって設定は流石に無理か。
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 うわぁ涙声だ。……うれしいな。
 もっと世界が冷たくなるような会話になると覚悟していたのに、こんなに、あたたかい。困ったな。嬉しいじゃないか。
「ボーマンさんは、大切なものを守ってくださいね」
 僕も、僕のこの気持ちを、こうして守ってもらえたんだから、大丈夫ですよ。
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