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「今度は南東か、いいかげんにしてほしいよな」
 セントラルシティから出た途端、ボーマンはそうぼやいた。
 知の場、力の場を終えて、次は勇気の場、というところだ。
「確かにあっちこっち行かされてますよね。でもあと半分ですよ」
「いろんなとこ回るのはいいんだよ。サイナードならひとっとびだしな」
 クロードに声をかけられて、医者に痛くもない奥歯を触られたような顔で、ボーマンは自分の顎をさする。
「ちょっとばかし魔物は強いが、ダンジョンの試練ってのも、言うほどじゃねえ。
 だけどよ、あれ、意味あんのか?」
 あれ、というと。そこでクロードにも、彼が何を不満にしているのかが分かった。
「ネーデの力の根源を悟る、だとかいってたけど、いまいちそんな気配も感じねーし。
 昔の嫌な思い出を呼び覚まされてるだけだぜ」
 クロードは、知の場でも、力の場でも、幼少期の辛い思い出を呼び覚まされていた。
 ボーマンもそうだったのだろう。ダンジョンからの帰りはその事もあってか、みな殆ど無言だった。
「知の場はまだ、よかったんだけどよ。人生の岐路みたいなときでな」
 何を見たのだろう。クロードは知りたかったが、代わりに自分の体験を告げるには躊躇う。
 あまりにも情けない、父親のことを大好きだったのに、思うように叶わなかった子供のころの話。
 ボーマンは一体、何を『知』ったのだろう。
「力の場のは、なんつーかなぁ……」
 無力な自分なんか、思い出したくもねぇよ。
 か細い声だった。声に出すつもりはなかったのだろう。
 だが、クロードが見たものと同じだったから、その唇の動きを読み取れていた。
 きっと、彼にも何かがあったのだろう。飄々とした彼の人生でも、力が足りず、できなかったことが。
 医者としてだろうか。子どもだったからだろうか。
 語ることもなく、悲しみを打ち払うように瞳を揺らしていた。
「そのときには力がなくても、今はできることがあります」
「おう。……ヘヘ、なんだよ。クロードに言われるとはな」
 ぽん、と軽く握った拳で肩を叩かれる。少し悔しそうながらも、微笑ましく。
「後悔した昔から抜け出せってことなんだろうな」
 逃げ出すのではなく、抜け出す。進み出す。
 確かに、クロード自身も場の見せる映像を恐れないわけではない。
「また見せられるかもしれませんね。勇気がなかった頃の自分を」
「でも今のクロードは勇者だ、ってか」
「やめてくださいよ!」
 ボーマンにそれを言われると、妙に気恥ずかしい。冗談なのは顔から分かる。
「はははは。頼りにしてるってことだぜ。
 さーて、あとは勇気の場に、愛の場か。一体何が出て来るやら」
 笑う彼の顔は既に、晴れやかなものだった。気乗りしないのは事実でも、踏み出せるのだろう。
 草原にいたサイナードの肌を撫で、乗り込むために腹の窪みに足を掛ける。
「これが終わったら、ナール市長に聞きたいこともあるしな」
「なにをですか?」
「エクスペルに連絡取る方法くらい、あってもいいだろ」
 よっ、と背に登って行く姿を、クロードは茫然と眺めてしまった。
 この中でただ一人知る彼は、瞳孔を引き絞った。
 おーい、どうした、という声が上から聞こえる。
 やはり自身の無力さを思い知らされてしまう。
 愛する者の無事を信じる彼に、現状を伝える勇気は、ない。
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150901
※一行目は、勇気の場前のセントラルPA終了時にボーマンがランダムで言う台詞

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