クロードが目覚めると、今は夜更け。
 日中の祭りで体が疲れていたのはもちろんあるが、顔面の痛みは別の理由を語る。
 殴られて昏倒していたのだろう。畳の上で起き上がる。少し、本気で迫りすぎたのか、とクロードは口をとがらせる。
 日本に来たのは初めてではないが、地球へ彼を連れてきてから、初めての海外旅行だからって、はしゃぎすぎた。
 薄暗い部屋を見回すと、ボーマンは布団の中で熟睡している。
 夕方に密着させておいたクロードの布団は、部屋の隅に追いやられていた。半分は壁に寄り添うほどに。
 それにしても、無防備に眠っているボーマン。
 そのまま朝まで眠っていたら、あるいは一緒に寝静まっていたら、見られなかった光景だ。
 きりりとしていた浴衣姿が寝相に乱れている。前開きのローブ一枚で。貴重な姿だ。
 更に言えば、浴衣の下に着ていたはずの黒いタンクトップはなく、露わに素肌を晒している無体さ。保養であり毒。
 うすらぼんやりとした夜の青い明かりに、首筋や喉仏、肩や胸が、太ももがほのかに照らされていた。
 見てはならないものとさえ思えるのに、ただそのまま、呑気そうに熟睡しているのだ。
 ちゃんと着てくださいよ、と胸が貫かれるような気持ちがあふれる。
 そんなクロードがふと気づけば、自身は既にボーマンの上に跨り、覆いかぶさっていた。
 自分で動いたはずなのに間抜けな話だが、その状況に驚いてしまう。誘われるように、引き寄せられていた。
 大口を空けて腕を広げ股を開き、だらしなく眠るボーマンの姿に、悪戯心が湧くのは仕方がないことだろう。
 悪戯心。
 いつもいつも、いろんなことを考えている。
 ああしたい、こうしたい。あんなことを、そんなことを。寝ている隙にでも。さわりたい、ふれたい、なでたい。
 浴衣をもう少しだけめくってみたい。指を這わせたい。ほんのすこしだけなら気づかれないことは、もう立証済だ。
 想像すればするほど胸の高鳴りは、遥か先に乞い願う行為のように、ひっきりなしに暴れていた。
 空調が効いているはずの室内で、クロードはじんわりとした汗を感じた。
 いつもいつも、いろんなことを考えている、のに。
 いざとなったらこのざまだ。崩れ落ちるように、ボーマンの胸元に耳を寄せる。
 触れないように、いや、髪だけは触れて。
 おだやかな、おちついた、それでいて弾む音。
 落ち着く鼓動。
 熱。優しい熱。本気で願う激しい熱よりも、何よりも愛しい。宇宙で一番。
 エクスペルではなく、この星に彼がいる。一緒にいる。
 髪のくすぐったさにか、ボーマンが寝言をつぶやいた。慌てて、身を起こす。
 起きる気配はなかったが、そのまま転がるように自分の布団へ向かった。壁際すぎる布団を、引きずってくる。
 また密着させようか、いや、それは。それはたぶん、身が持たない。
 旅館の人が並べておいてくれた距離、このくらいだったかな、いやこのくらい、近すぎたかな。
 しばらく馬鹿みたいに調整に時間を要してから、クロードも布団に入った。
 おやすみなさい、と思う。起こさないように。いかにも幸せな寝息が続くように。
 そしてまた明日も、笑顔で『冗談』を聞いてもらえるように。
 今晩は勘弁してあげます。心の中でつぶやいた。
 胸の鼓動はまだ鎮まらない。
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 ボーマンが目覚めると、小鳥の声が窓の外からする。朝だ。
 寝ぼけ眼で見回して、そういえばクロードと、別の国の祭りを見に泊まりで来たのだった、と思い出す。楽しい祭りだった。
 クロードは、少し離れたすぐ隣の布団で、顔を向こう側にして寝ていた。
 珍しく、顔面のドアップじゃないなとボーマンは思った。最近はそれが多かった。
 それがないからって特に寂しいわけでもないが、とボーマンは胸中に特筆した。後から彫り込むように。
 更に、いや待て、と思い出す。
 昨晩は確か、先に部屋に入ったクロードが必死に布団を動かしているなと思ったら、二揃えをやたらと密着させていた。
 ボーマンの冷たい目線に気づけば、ものすごく恥ずかしそうな顔で、宿屋の人のせいだとしらばっくれる。
 明らかにクロードがやってたと、布団を引き離すのにぎゃあぎゃあと小声で騒ぎ、その際に枕を全力投球したのだった。
 ボーマンを相手に『夫婦ごっこ』しようとする、なんて、さすがにはしゃぎすぎだ。
 顔面の当たりどころが悪かったのか、クロードはそのまま昏倒したが、脈は正常の範囲だったので放っておいたのだ。
 幸せそうに気絶する顔は、クロードのお決まりだ。
 そして。つまり、布団にクロードがいるということは、深夜に目覚めたのだ。一度、彼は。
 自身を改めて見下ろすと、クロードのいかれた視界からすると、頭がいかれるほどに煽情的、だろう。
 もし女が今のボーマンと同じ格好をしてくれるならば、セクシャルだと一も二もなく認める、崩れたローブ。
 地球の室内は、外の気温と関係なく心地良い。布を重ねすぎると寝苦しいのもあり、シャツは脱いでおいたのだ。
 この姿で寝ていたのを見て、まさか、何もしてこなかったのか。オビとかいう腰紐は、ほとんどほつれていない。
 日中あれだけ、いつもながらの奇妙なモーションをかけてきていたのに。涼しいからと物陰に誘ってきたのに。
 ボーマンは自身の艶姿を冷淡に掻き消しつつ、もう一度クロードの頭を見る。
 すやすやとした寝息。離れた距離。いや、正しい距離。
 夢の中で、体の上に跨られて、ひどい目に遭わされそうになる、のは見なかったわけじゃない。
 この旅行で、ついに手を出されるかもしれない、という覚悟をしなかったわけでもない。
 寂しいわけでは決してない、と心に特筆した。クロードと暮らすようになってから、これで何度目だろう。
 意気地なしめ、とつい思ったりなんか、していない。
 布団から、まだ鈍い身体を起こし、立ち上がってさっさと布団を巻いて着替えを取り出す。
 昨日の昼に買った、おもしろい模様が書いてあるTシャツだ。文字らしいが、ボーマンは読み方を知らない。
 さて、今日の予定はなんだったか。六泊七日の旅はまだ続く。

150811、12

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