酒樽の巡り


 我輩は、我輩なりの時間の中で、様々を見てきた方だと思う。
 そう、たとえば。
 生まれた時、窓の外の光が胸に染みた。
 親父さんの力強い手は、暖かくてこそばゆかった。
 あれは確か朝で、白い鳥が一斉に青い世界を駆け抜けていた。
 それが我輩を祝福したわけでなくとも、我輩は確かに祝福されていた。
 同時に、学童たちが歌いながら道を歩いていくのが聞こえた。
 その中の一人は、親父さんの娘だった。
 夕暮れになると帰ってくる、調子外れに歌う子だった。
 それでも、その歌声を聞くのが楽しみだった。
 だから今でも我輩はあれを歌える。口にすれば、親父さんの娘の事は言えないだろうな。
 それから我輩は腹に、よい匂いのした酒をたっぷりと抱えた。
 それが生まれた理由。
 暗い部屋から外に出た時は、流石に目が眩んだ。
 隣の奴らは皆、不機嫌そうに黙っている。
 黙っていなくてはいけないのだと、その時始めて我輩は察した。
 ひどくつまらない時間。
 船倉で沈黙と肩を並べている時、雑用少年の朗読が心地よかった。
 我輩に聞かせる気はなかったのだろうが、幾つもの短い物語は我輩に瞬きを繰り返させた。
 そのひと時たちが、我輩の言語回路を担ったと言っても過言ではない。
 船から下りる時、あの声変わりが聞けなくなるのがほん少しだけ、寂しかった。


 いや、樽の半生など聞かせる気はなかった。
 違う話をするつもりで、我輩はいるのだった。
 ええと、ああ。
 そして我輩は、船に乗る前と似たような、幌馬車に乗った。
 これから何処に行くのかは分からないが、終着は近いと思った。


 御者をするのは、太った中年の男。なかなか気のいい人物だ。
 我輩たちから酒を奪おうとはせず、匂いを嗅ぐだけで幌の中に入れ、括りつけた。
 紐が少し緩んでいるから、大雑把なところもあるのだろう。
 昼間の朗らかな道を、ガラガラと酒の匂いを立ち込めながら運ばれていく。
 牧歌的な鼻歌は楽しそうで、我輩も心が躍る。
 勿論、道のでこぼこに合わせて身体ごと揺れていたが。
 しばらく進んでいくと、馬が緩やかに歩みを遅らせ、止まった。
「兄ちゃん、なんだいそれ? うわぁ、動いた!…まさか魔物かい?」
「あっ、あのっ怪しくないですよ! これは…」
 馬車の外で、二言三言、若い男との会話が交わされた。
 ラクールに向かうらしい。この馬車の行き先も、そうだったらしい。
 確かその国は、軍事国家だという話を聞いた。
 それにしても気弱そうな声だ。どんな顔をしているのだろう。
 魔物? ふむ。想像がつかない。
 会話の流れは、青年が馬車に乗る事で落ち着いたようだ。
 差し込む外の光が薄暗さを侵略した。幌の分厚い布を持ち上げ、入ってきたのは、…龍!
 これは、物語の挿絵に出てきた龍じゃあないか?
 二匹に挟まれる形で、茶髪の男がいた。それが先程会話していた青年だろう。
 空気を貫くような双龍と反するが如く、優しそうな顔をしている。
 顔立ちや体格は逞しいのだが、雰囲気が穏やかな人間だ。
 衣服は重苦しい印象だ。しかし、旅人というのならばこんなものなのだろう。
 思わずまじまじと見つめてしまうと、何故か、視線が合った。
 何故かこちらを見て、若草色の瞳を輝かせている。
「いい樽だなぁ…!」
 男は、吐息のような囁きで感嘆した。
 頬は上気し、これこそ恍惚と呼ぶに相応しいのかもしれない。
 揺れる馬車の中我輩に近寄り、鋼鉄に包まれた手で腹を撫でる。
 ああ、なるほど。
 こいつは変態だ。
 だが、迷惑だとは不思議と思えない。正直なところ戸惑いはあるが。
 妊婦の腹に対するように、青年は我輩の木目を撫でた。
 彼の背中から生えている龍の二匹は、そんな様子を呆れたように生暖かく眺めていた。
 見守るというより、これは既に諦めの領域へと達しているようだ。
 青年は春風のような面持ちで、他の樽たちにも触れていく。
 龍はふい、と揃って南を見た。
 その瞬間。
 彼の楽園を蹴りつける衝撃は、御者の悲鳴とほぼ同時。
 我輩たちの身体が激しく強張った。びりびりと震え、身体の中を掻き乱す。
 青年は素早く上半身を起こし、鞘に嵌められた二振りの小剣を、脇から引き抜く。
 使った傷が多く残る、装飾が少なく変わった形の剣だった。
 うなり声…獣だ。…魔物!
 御者の混乱した声の方へ、青年は駆け出していく。
 姿が見えなくなると、爪と鋼の凌ぎ合う音がここまで届いた。
 幌に幾度もぶつかって来る大きな塊。たてがみの逆立つ影が、低く唸る。
 多くの魔物に囲まれているのだろうか。あの青年の腕は如何程のものなのだろうか。
 剣戟は止まない。
 怖い。
 カタカタと己の蓋が揺れる。怖い!
 早く、早く早く!止んでくれ!
 轟音ッ
 小刻みな震動を打ち砕くように、聞いたこともないような力強い音が外で響いた。
 眩しい青が一瞬、周囲を包む。
 沈黙が周囲に湧き上がった。幌に体当たりをする黒い影は動きを止める。
 その場を征服したのは、若い女性の声。
「早く潰しちゃいなさい!」
 高く凛とした音色のような声の後、剣戟と轟音が響く。先程よりも単純な旋律。
 そして、すぐ、静かになった。
 ああ。どうなった。
 そう思った瞬間、御者の男の笑い声が聞こえた。
 安堵を凝縮したような音に、共鳴してもよいのだろうか?
「ふう…助かりました」
「あなたもなかなかやるじゃない」
 青年と女性の会話。
 どうやら無事、危険は殲滅されたようだ。息が詰まるような時間が終わる。
「ちょっと!その背中っ!」
 がしゃっ、と金属が擦れる。
 青年の背中にいる二頭の龍を認識したのだろう。
「あっ!こいつら、事故で取り憑かれているだけです!」
「…本当かしら」
「だから、その杖を下ろしてください〜」
 杖? 女性は紋章術士なのだろうか。
 それにしては、発動に不可欠な詠唱が聞こえなかったが…
「ふぅん。意識まで乗っ取られたりしないんでしょうね?」
「え…えええ…! うーん…」
 女性の辛辣な物言いに青年は少し考え込むが、また口を開く。
「あなたこそ、その目。もしかして、あなたもですか?」
「え? …ああ!そういえばそうね。…そうよ、私もちょっとね」
 見えないこちらにとって、意味の伝わらない会話を交わす。
 女性は、背中の龍を追及しなくなった。
 それから御者とも話し、女性も馬車に乗ることになったようだ。
 彼女は、行き先は何処でもいいが、ひとまず港町に行くつもりだったらしい。
 不思議な旅人だ。


 女は、青年と同じくらい奇妙な姿をしていた。
 胸元の開いたローブや変わった形のケープはともかく、だ。
 なんと、額に目がついているのだ。
 視力が働くらしく、双眸と共に動く。 
 髪色と同じ金の瞳は、野獣を思わせるほど純真で情熱的。
 取り憑かれた云々というのは、このことだったようだ。人間には色々とあるのだな。
 彼女は入った途端、薄暗い中を見回し、こちらに輝く目を向けた。
 まさかこの女も同種なのか。
 憑かれると、人間は樽に興味が湧くようになるのか?と思った矢先。
「へえ。酒樽を運んでるのね」
「そうみたいです。僕は、乗せてもらってるだけなんですけど…」
「ふうん。ふふ、なかなかいいお酒ね」
 瞳を柔らかに細め、優美に微笑んだ。
 我輩の預かる酒を褒められるのは、樽として嬉しい限りである。
 樽から漏れる芳醇な香りに、女性はうっとりとしていた。
 熱い視線はいっそ、青年の先程の様子よりもこちらを困惑させた。
 そして彼らは狭い空間に向かい合って座り、他愛もない雑談をする。
 青年はアシュトン、女性はオペラという名らしい。
 アシュトンは砂漠出身の旅人で、龍を祓う方法を探しているらしい。
 オペラは遠くから来た旅人で、尋ね人をしているらしい。
「それにしてもその杖、強かったなぁ。紋章技術ですよね?」
「ああ、この銃? コスモライフルっていうのよ」
 オペラの肩に乗っていた、彼女の背丈ほどもありそうな銀色の大きな杖。
 それはとても奇妙な形状で、横に飛び出した棒が持ち手になっている。
「そういう杖も、ラクールでは作られているんですか?」
「違うわ。ラクールじゃどうだか知らないけど、これは私の自作なのよ」
「それは凄いですね!」
 そして二人は、紋章技術を武器に応用する云々の談義に花開かせていた。
 専門的な会話がされて、我輩はうまく理解できない。
 恐らくそれ程高度でもないのだろうが、基礎知識がない身には辛い。
 仕方がないので、外国語の歌でも聴くつもりでそのまま眠った。


 気がつくと、我輩は地面に転がされていた。
 オペラが我輩の背を回し、石畳の道を行く。
 前方では、アシュトンの肩に抱えられる同胞がいた。
 その先には御者の男。数体の樽を乗せた荷台を引いていた。
「すまないねぇ。運んでもらっちゃって」
 御者がこちらに声を向ける。
「いえ。タダで乗せてもらったんですから、このくらいは」
「というか、始めから運ばせるつもりだったんでしょ?」
「ははは。その通りさぁ、お嬢さん」
 そうか、ラクールに着いたのだ。
 明るい街だ。世界最大の王都と呼ばれているだけのことはある。
 横切った芝生は綺麗な手入れがされて、広場を行く人々の洗練された賑やかさ。
 そして、遥か彼方に見える城の美しいこと。
 我輩の出身とするクロスとは違った雰囲気の、堅牢とした力強さがある。
 永久に近づけはしないだろうが、空に滲むそれを呆然と眺めた。
 ここが終着の街なのだろうか。ふむ、なかなかよい所だ。
 きょろきょろしていると、大きい建物の前に止まった。
 樽が並び、懐かしい匂いがする。
「さぁ、ありがとな。ここだ、ラクール・オブ・ラクール! はあ、ようやく着いたぁ」
 御者は仕事が一段落したようで、嬉しそうに店の扉を開いた。
 鈴の音と一緒に、仲間たちの匂いがいっぱいに立ち込める。
「それじゃあ僕たちはこれで。ありがとうございました」
 アシュトンが別れを告げると、御者が待った待ったと声を上げる。
「お礼に、樽を一つあげよう」
「えっ?」
 突然の申し出に、驚きと喜びが入り混じった声を上げた。
「そっちのお嬢さんが転がしてた、それ。護衛代にやらぁ」
 オペラが縦に直した我輩を指差して、にこにこと気前のいい事を言う。
「あら、いいの? 嬉しいわ!」
 それを聞いたオペラは我輩を抱きしめ、恋する猫のように頬を摺り寄せてきた。
「でも、いいんですか?」
「いいよいいよ。元々、護衛代をケチって俺用に一つ買ってあってねぇ」
 命を守ってもらったのだし、金はないから、それをやる、と。
 苦笑しながら、やっぱり護衛は必要だねぇとアシュトンの背中の龍を撫でる。
 そしてアシュトンと握手し、オペラに手を振った。
 酒場の主人が店から出てきて、我輩以外を店の中に続く裏口へと運んでいく。
「んじゃあ、仲良くなぁ」
 そして、我輩とオペラとアシュトンが残った。


「それじゃあ、気をつけてね。楽しかったわ」
 オペラがアシュトンに軽く手を振り、我輩をまた横にして転がしだした。
「あれっ!待ってくださいよ!」
「あ、あら。なあに?」
 ぎくり、と彼女の身体は止まり、ほんの少し振り向いた。
「その樽、独り占めする気ですか?」
 しらばっくれようとした雰囲気のオペラに、アシュトンが軽く怒って言う。
「だって、…これだけしかないのよ?」
 我輩を見下ろし、少し哀しそうに言うオペラ。
 樽一つ分の酒というのは、これだけという言葉を逸脱していると思っていたが。
「そりゃあ一つしかないですけど…でも、そんな勝手に…」
「わかったわ!」
 ぽん、と我輩の腹を軽く叩く。
「じゃあ、カードで勝負しましょう?」
 オペラは上着からカードの束を取り出し、シャッフルを始めた。
「これで勝った方が、この樽の所有者って事で、…どう?」
「カードかぁ…弱いんだよなぁ…」
 手馴れた様子で混ぜられるカードを眺め、アシュトンは躊躇を見せる。
「あら。逃げるの?」
「なっ、…分かりました!いいですよ」
 オペラの挑発に対して、アシュトンは勝負に乗った。
「ポーカーでいい?それともブラックジャック?トランプ?」
 それらなら、我輩も見た事のある有名なゲームだ。
 しかしアシュトンは首を横に振る。
「ルールがわかりません…あ、そうだ!僕の知ってる奴でいいですか?」
「オーケイ。なに?」


 そのカードゲームは、彼の故郷にあったものらしい。
 我輩の上で繰り広げられる試合は、聞いたことのない種類のものである。
 このような場合の賭け事というより、言葉遊びの意味が強いもののようだ。
 ルール説明の内にオペラは理解してしまったらしく、あっさりと進んでいく。
 どうやら、アシュトンの方が優勢のようだ。ルールを知る強みだろうか。
 オペラの顔が渋くなる。
「【跳躍した女王】…マークね」
「あっ、よーし。【優しい」
 アシュトンが意気揚々とカードを出そうとした瞬間、青い方の龍がくしゃみ。
 持った残り少ないカードは鼻息に吹き飛び、風に舞う。
 ゲーム中ずっと眠っていた龍が、自分の出した音に何事かと寝ぼけ眼で反応していた。
「うああ!」
 声が出ないほどに愕然とした後、悲嘆に暮れた声を上げるアシュトン。
「あらあら。確かにそっちの子、あなたの髪で鼻がくすぐったそうだったけど」
 吹き飛んできたカードを拾い集めながら、無効になってしまったそれを見る。
 睫毛が少し伏せられた。
「ふーん。一気にクリアできちゃってた、ってわけね」
「うう…珍しく勝てそうだったのになぁ…」
 場に出されたカードを泣く泣くかき集め、アシュトンはもう一度切り始める。
 カードの扱いには慣れていないらしく、オペラと違って拙い切り方。
 それを見かねたのか、オペラは横から束を掠め取った。
「さっきのは試しだったんだもの。さ、本番にいきましょ」
 まるで溶けるようにカードが踊る。
「あ、そっか。もう分かりました?ルール」
「ええ。次は勝つわ」


 彼女の言葉通り、次の試合は一方的だった。
 オペラの手元が軽いのに比べ、アシュトンの方には抱えきれないほどカードがたまっていく。
 髪を寝ぼけた赤い龍に噛まれて涎にまみれているのだが、それも気にできないような窮地。
 鼻提灯が、ぱちりと割れた。
「【エピローグ】! はい終わり」
 立て続けにカードを出し、窮地に引導を渡した。オペラの手元には一枚もなくなる。
 赤い唇が綺麗な曲線を描いた。勝ち誇った笑み。
「私の勝ちね」
 これで我輩は、この娘のものになるようだ。
 オペラが嬉しそうにカードの束を作って、上着にしまい込んだ。
「あああ…それじゃあ、最後に一撫でだけ…」
 その言葉に対してオペラが首をかしげている隙に、アシュトンは我輩の蓋を撫でる。
「こんな素晴らしい造形、めったにないよ。職人技だよなぁ…」
 初対面時のような囁き。
 これほどまでに惚れ込まれると、この男から離れるのは少し惜しい気もした。
 勿論、中身がない自分が役に立つとは思えないが。
 そんなアシュトンの様子に、オペラはあきれた声を上げた。
「もしかして、…樽だけ? あなたが欲しいのって」
 信じられない、という声音。
 我輩もいまいち信じられないが、彼の熱視線からするとその可能性は大いにある。
 うぬぼれと言うな。視線を向けられた者の世迷い事だ。
「あたりまえじゃないですか!」
 当然かどうかは世間一般と照らし合わせると疑わしいが、彼は猛烈に拳を固めて主張した。
「この樽の美しさといったらですね!」
 それから。
 彼は気弱そうな印象をかなぐり捨てて、喧々轟々と樽について熱く語りだした。
 我輩の造形の優秀な点を、芸術だとまで大袈裟に銘打つ。
 樽自体の汎用性と実用性を、まるで愛しい相手を紹介するようにまくし立てる。
 異様に弁が立ち、今までよりもずっと滑舌のよい早口だ。
 樽についてそこまで語る事があったなどと、我輩でさえ思ってもいなかった。
 これは、…恥ずかしい。
 とてつもない羞恥プレイだ。
 王都の広場に近い場所で、演説宜しく、二匹の龍を背負った男が樽について語っているのだから。
 樽として、転がって逃げたかった。遠くへ。
 酒場の前にいる仲間たちも、きっと同じ気持ちだろう。違いない。
 早く助けてくれ。
「わかったわ! 分かったから、黙りなさい!」
 意識が遠のきかけていたオペラが、苦渋の表情でアシュトンを止めようとする。
 酒場の前でカードバトルをしていた手前、周囲には彼らを見守る人垣が出来ていた。
 今さら他人のふりをするのも難しいのだろう。
「これは面白い話なんで、オペラさんもちょっと聞いてくださいよ」
 だが、歴史の年号を述べる彼は物ともせず、熱が高すぎる語りはそれから長く続いた。
 時計の短い針が、次の数字を指し示す。
 二匹の龍は、そこでようやく目を覚ました。
 きっと、聞き飽きているのだろう。計ったようなタイミングだった。


 それから二人は、我輩の中から酒を取り出し、酒場で飲んだ。
 隅のテーブルに我輩を乗せて陣取り、多少の塩辛いつまみを注文していた。
 アシュトンは語れて満足したのか、コップ半分で酔いが回っているのか、気持ちよさそうだ。
 真っ赤な頬で、ゆらゆらと頭を揺らしている。
 龍も、機嫌よさそうに真ん中に頭突きして、お互いを睨み合っている。
 オペラの方は、ほんのりと顔を染めつつも次々と杯を進めていた。
 もう瓶一本分は吸収した筈なのに、動きは平然としている。
 楽しそうに、喉を潤している姿。
 我輩は、嬉しいなぁと思った。
 何故だか無性に、とても嬉しい時間だった。
 二人は、明日からはまた別に行動するらしい。
 オペラは港町であるヒルトンに行き、尋ね人を続けるようだ。
 王都の酒場で情報が得られないのならば、大陸の入り口である港にいる可能性が高いのだろう。
 彼女の恋人が、早く見つかればよいと思う。幸せになっておくれ。
 アシュトンの方は学問の街であるリンガへ行き、祓う方法を探し続けるとのことだ。
 大きな図書館があるその街に行けば、何か見つかるかもしれない。
 しかし、このように仲がよさそうなのに、本当に祓うつもりなのだろうか。
 龍は、彼の言葉を知ってか知らずか、くすくすと笑っていた。
 また会える日があるのなら、まだ背中にいてくれた方がいいなぁと思った。
 でも、どうするかは、彼の自由だろう。
 そして我輩にあった水分は、すっかりなくなった。
 アシュトンは机につっぷして眠り、龍はその背中で丸くなり眠る。
 オペラは酒場の蓄音機から流れる音楽に、耳を傾けていた。
 古い蓄音機とレコードは、たまに調子をはずす。
 歌。
 夕暮れが我輩の、薄い脳裏に広がった。
 これは、あの歌。
 …懐かしい。







アシュトンが憑依されるのを見守った後に逃げてきた勇者一行
ラクール武具大会直前の時期

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