オエビログ70

「したいことすりゃあいいんだよ」
「そんな、そんなの……、無責任ですよ!」
「ばか、責任持つってぇ腹括るから、したいことやれるんだろ」
「……責任、か。僕のしたいことは別に、そんなひどいことじゃないんですけれど……」
「深く考えるなー。さくっとやっちまえ。なんなら俺に宣言して、自分を追い詰めるってのも手だな」
したいことはあなたに


::
 随分と撫で心地の良くなった髪に、触れるだけで幸せそうにする。
 触れられることを気づいた途端の顔や、体の緩みは、まるで仔犬のようだ。
 こいつは仔犬じゃないのにな。
 青い目をした金色の大きな仔犬なんかじゃ、ないのにな。
 出会った頃は、こんな顔もしなかった。触ってももっと頑なだった。
 空に焦がれた瞳は、こんなふうに潤んでいなかった。
 誰がこんなふうにしたのかは、重々本人が承知している。
 好きにさせた責任なんか、絶対とる気はねぇのに、一時的な幸せなんてろくでもねぇこと、教えちまった。
 好かれてるってだけの快楽は、撫で心地が良すぎてしまう。

::
こいつは仔犬じゃないのにな


::
「エクスペルに来て、よかったことは、そりゃたくさんありますけど、やっぱり一番は、
 あなたに会えてよかった」
「おうおう」
「なんですか! そりゃ、クサくて悪かったですね! それ以外の言葉がないんだから、仕方ないじゃないですか!」
「俺はちょっと後悔してる」
「……、ひどいですね」
「んなこと言ってもよ。俺も、だなんて言ってもらえるたぁ思ってなかったろ?」
「それはそうですけれど、言い方があるじゃないですか」
「そこはお前に言われたくねーな。
 俺がお前たちの旅について行きたいって言わなかったら、どうなってたんだろうな、とは思うぜ」
「どうなりもしなかったんじゃないですか」
「エルリアの復興もしてなかっただろうなあ」
「だったら、後悔することなんかないですよね」
「だから、ちょっとだよ。ちょっとだけ、後悔してるのさ。
 お前のせいで、思いもしなかった毎日だからよ」
「……もしかして、よかった、って意味ですか?」
「んー。どうかねぇ。ここまで言ってやるだけでも、俺からの大サービスなんだが」
「意地悪言わないで下さいよ!」

::
彼は決定的な一言を避けている


「こいつはやっぱり、……短かすぎるだろ。腹に全然ないじゃねーか」
「そうですか?
 ……あっ(鏡最高)(脱ぎ立てが外で落ちてるの半端ないな)(更衣室すごい)」
「太ももあたりの履き心地はいいんだけどなぁ〜、もうちょっと股上が深いのはねーのか?」
「惜しいですけど、ここは僕くらいの若者向きの店ですからね。ボーマンさんにはもう少し年代が」
「これ買う」
「え」
「誰がおっさんだ?ふざけんな。俺は若いからな。別に、下着が見えるってわけでもねーしな?」
「(見えますけど黙っておこう)はいはい」
「おい、見えてねーよなっ?」
「見えてませんよー」
地球同棲中


 意識が混濁する視界の向こう、熱のこもった瞳が見える。
 ボーマンの働かない頭は、抵抗せよと体に言うべきことも忘れさり、この勢いに流されようとしていた。
 こちらをずっと見つめ続けてきた青い情熱に、いいかげん折れてやる日がきたのかもしれない。
 応えてやるつもりなんかない、これはそっちが無理にしでかした、いわば犯罪だ。そのつもりでいいんだろ?
 デニムの布越しにクロードの指が触れると、太ももの皮膚が、いいや全身が何かを求めるように、ざわついた。
 汗ばむような焦燥。うるさい早鐘が響く。
 しかし。ここで観念してしまえば、もしかしたら、諦めるかもしれない。
 一度っきりで夢から覚めて、恋の真似事をしていた気が済むかもしれない。
 それも少なからず悔しいが、宙ぶらりんのまま放置しきれないことくらい、とっくに分かっていたのだから。
 もちろん嫌だがクロードならまあいや嫌だがな、おう、したくないけどよ、と少し前から頭はとっくにおかしくなっていた。
 押し倒されたテーブルの上へ素直に寝転がると、壁の白いランプが目に入る。
 明かりくらい消せよと考えた時、苦笑を漏らしそうになった。
 そんな台詞はまるで合意になってしまう。癪すぎる。だが、身体を素直に見せてしまうのも更に癪だ。
 しかし少年は意を決したか、腰のベルトに手が伸びてくる。金属の微かな音は、静かな部屋に甘く轟く。
 カチャ、カチャ、革を外す音は一向にせず、こちらを焦らすように繰り返される。
 クロードが焦らす、なんてことができるだろうか。ありえない。
 吐息だけで黙っていたクロードの、微かな声。泣きそうな声に、避けていた顔をちらと見やれば、泣く寸前だ。
 緊張の発汗と瞳孔の開き方、顔の血色も爆発しそうなほどだった。
 もたついた手は早鐘通りに震えており、ベルトの留め金を外すことが、知恵の輪めいて困窮していた。
「だ、ちが、なんで? あれ」
 本人も予想外のことらしく、一旦落ち着こうと息を整えそしてまた、泣きそうな目に陥る。
 複雑なベルトじゃない。クロードのつけているものとも、ほとんど構造は変わらないはずだ。
「嘘だろ、かっこわるい……」
 この瞬間の理想はいろいろあっただろう、うまくいかない以前の問題が起きた童貞は、唇を震わせ涙ぐむ。
 ボーマンは自身の身をゆっくりと起こした。もう既に、勢いに流されるだなんて爛れた空気は掻き消えている。
(本気で初めてで、本気で俺が好きだったんだな)
 そう思わないところもなくはないが、まさか、教えるわけにもいかない。この先のやり方も、その感想も。
 諦めさせるにもやらせるにも、なんて手間取る話だろう。
ベルト事件


 ベルトの金具に触れるクロードの手首をひっつかみ、ボーマンはいつものように引き離す。
 これ以上この停滞に付き合ってやれば、無抵抗なことにそのうち気づく。
 羞恥が押し寄せる前に、ボーマンはテーブルから腹筋に力を込めて身を起こした。
 絨毯に僅かに沈む足が、今までまるでふわふわとした場所にいたかのように重い。心臓の音も軽やかと言うには、妙に激しい。
 夢を見せてやっただけで、こちらが悪夢を見てやる気はもうなくなっている、はずだ。
 のしかかっていたクロードの肩を左手で押しやると、素直にテーブルへ顔を埋めた。
 泣くのを隠すように、頭をかかえる。
「ちくしょう、こんなチャンス。もう二度とないのに。どうして」
 想いを遂げたかったことを悔やみ、押し倒したときの果敢さは消え果ていた。ため息と絶望と悲嘆に激しく沈む。
「触りたかった……」
 心からの願いは、まったくもってふざけていても、こちらの心臓に小さな矢を立ててくる。
 もしクロードが、ベルトからではなく、先にニットベストをめくり上げていたら、少しは触らせてやっただろう。
 指ではなく先に舌で肌に触れていたら、鳥肌とは別の粟立ちがあったかもしれない。
 まるで獣のように直情的だったら。金具など安易に、壊していたら。
 肉欲を迸らせるだけのクロードが、泣かずにボーマンの身体をまさぐっていたら、こんなことはしなかっただろう。
 金色の頭を掌で、一瞬だけ撫でるなんて優しさは、決して向けなかっただろう。
 膨らんだ心が小さくはじけるような音。
 テーブルからの去り際に、小さくつぶやく。できるだけ、大人らしくいつもの自分を演じられるように。
 大人になりたい子どもをからかうように。
「残念だったな、出直してきな」
 声が嗄れて、ほんの僅かに裏返る。年若い大人の小さなミスだ。
 たとえるならば緊張の事態から解放されたような、下手な芝居。
 まずったな、とそのまま部屋の扉へ意識を集中した。
 この部屋から出て廊下に出れば、きっと幾分かはマシになる、この頬のどうしようもなく馬鹿な紅潮は。
 だが、たった数歩の内、背後からの視線が、みるみると柔らかい雰囲気を纏うのを浴びる。
 『次』があるような言い方。二度目のチャンスを待つかのような言い方。
(勘違いされる気かよ俺は)
 胸中だけで首を振り、それを本音とは認めない。なんでそんなことを口走ってしまったのか、うまい言い訳の手立てもない。
 クロードのばかやろうこの童貞野郎、と八つ当たりのごとく頭の中は反芻するばかり。
 ドアノブの金属音ならば、いともたやすくカチャリと開く。
(続き)次なんかあってたまるか


「ばっか、なんで乳棒ぶん投げるかねぇ」
「ご、ごめんなさい。どこにいったのかな、見てなかった」
「確かタンスの方に飛んだような。あー、くそ、裏に落ちちまってる。
 よっ、と、んっ……ったく。
 その勢いはいいけどよ、乱暴にすんなよ」
「ぇ、っあ、はい! たいせつにします!絶対に!痛くないようにします!」
「痛く?……そこまで意気込まれても怖いが、おいクロード、そんな真後ろにいると蹴っちまうぞ?」
調合授業中のハプニング



ボーマンさんは、ふざけてるだけなのに(なんで今、僕はドキッとしたんだ?)


なんだかだいぶはずかしい


「だ、大丈夫でしたかボーマンさん! …………」
「ああ、身体がいうこと効かなくなるとか、なんて敵だ。こんな高い場所から落とされるかと焦ったぜ」
「……この魔物、どうにか躾けられないかなぁ……自由自在に指示できたら」
「はあ!? 何を突拍子のないこと言ってやがる。マンドレイクでも無理だったんだぜ」
「どう見ても機械だし、どうにかできそうだけどな。もしこれを利用できればボーマンさんの」
「これがあれば俺の?」
「な、なにも企んでませんからね!」
「じゃあ俺の尻見るのはいい加減やめろ。恥ずかしいだろ」
「す、すいません。そういうのは二人きりの夜だけ、ですよね」
「脳がコントローラに取り憑かれてんのか。ここから突き落とすぞ」
愛の場でコントローラでなんとかボーマンさんといちゃつく計画が勇者の脳裏に広がった頃、ラヴァーから見ると恋人同士みたいだから人質に丁度いいと思われ敵公認のカップル(カップルではない)


    


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