オエビログ68


おしょくじ


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「なんだよクロード、じろじろ見るなよ。食いにくいっての」
「あ、ご、ごめんなさい。ワカメの味噌汁おいしいですね」
「それなりにな。にしてもおまえ、よく食うよなー。ほんと美味そうだし」
「なんですか。そっちこそ見ないでくださいよ」
「ご飯粒ついてんぞ」
「ふ?」
「んーと、口の右。そう、そこ」
「あ、よかった……そうだよねそんなことはさすがにこの二人だって……」
「お?どうしたレオン。お子様チャーハンは美味いか?」
「ちがうってば! キャロットジュース付だったから、しぶしぶこれにしたってさっきも何回も言ったでしょ!!」

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おしょくじ(右反転会話)



誓いの指輪(右反転文)
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 永遠を象徴したシンプルなリングは、昼間の日差しを浴びて掌の上で輝いていた。
 ぼんやりと見つめる。
 これは彼自身のものではない。磨かれた銀色の輪に震える瞳の青は、深く沈んでいた。
 これは彼の想い人の、想い人のもの。
 触れるはずのなかった質感に、考えてはならないイメージを呼び覚ます。
 夫婦の幸せなイメージ。指輪を交えたその日の笑顔を。この指輪と共に過ごした笑顔を。
 もしこれをこのまま隠してしまえば、夫婦は困るだろう。指輪よりも大事なものを無くしてしまうかもしれない。
 嫌な牙が、自らの中で暴れたがるのを感じる。分かりやすいほどの罪悪へ、誘うシンプルな輝き。
「ああ、そいつは!」
 すぐ隣で声がしたときには、もう遅かった。
 咄嗟に青ざめて一瞬拳を握ったが、既に見られている。力なく崩れるように、指を開いた。
「ニーネの指輪だ」
 ボーマンは持ち主の名を挙げる。
 どんな叱責をされるだろうか、軽蔑をされるだろうか。なぜここにあると、尋ねられるだろうか。
「クロードが拾ってくれてたんだな。すまん」
 だがボーマンは、なにも疑うことはないとばかりに、そう信じ込んでくれる。
「どこにあったんだ? ニーネのやつ、仕事中は外すからよ。調合には邪魔だからな」
 ポケットの中に。
「ポケットの中に入れてたはずだって言ってたけど、どうせ落としたんだろ」
 しっかり持ってましたよ。僕が盗もうとしたんです。
 心の中だけで懺悔してから、穴に落ちそうだった自身を笑う。きっとこれは神様にも悪魔にも届かない。
「俺みたいに、ちゃんと持ってればいいんだよ」
 ボーマンは普段から指につけていない。ぽん、と自身の左胸をたたく。ワイシャツのポケットに入っているのだろう。
 幸せの指輪は、心のそばにいつもあるのだろう。
 呼吸が、絶叫になりそうだった。
「はい、お返しします」
 ボーマンの掌に、指輪を乗せる。意外なまでに、嗚咽にはならなかった。彼女の物を返すだけ。
 肌に触れないように、そっと落とす。震えているのが見えるだろうか、不安になった。
 彼にも、届きませんように。
「ごめんなさい」
「んん? なんで謝るんだよ?」
 クロードは自分でも分からないふりをして、小さく首をかしげてみた。嘘は下手だ。
 指輪は返してもいい。隠そうなんて考えてしまったこと自体、自分が嫌になりそうだった。
 今は彼の手の中にある、輝く輪が脳裏にきらきらと瞬く。羨ましいなと、思う。
 彼女の物を返すだけ。
 それでもこの気持ちだけは、ごめんなさい、まだ返せないと呟いた。
 ただただ静かに、恋心は殴られる。

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「あれ。いつもそんなにキッチリ着てないのに。いかにもここに手つっこんでくださあわわわ」
「クロードの前ではこうしとけって……、言われたんだけどよ。息苦しいんだよなぁ。ふー、首のボタンなんか飾りだろ」
「だからワイシャツのボタン、ベストの奥の方まで外れてるんですか?」
「それは動いてると勝手に外れるんだよ」
「あっ……雄っぱいが大きいから。こすれて。はじけとんでる」
「なんで?なんで急におっぱいの話した?」
「息苦しいなら普段通りにしましょうよ。大丈夫ですよ、全然見えませんよ。
 僕がんばったんですけど見えなかったんで、鎖骨で充分幸せですから安心してください」
「おーい?口すべってんぞー? 安心できる要素ひとつもないよな?」

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開襟しまくってる(右反転会話)


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「へぇ、バーストナックルで石焼き芋か」
「はいどうぞ。外は真っ黒ですけど、中は大丈夫でしたよ」
「おっ。ぶっとくてでっかいなぁ、うまそう」
「う」
「あちち。いただくぜ〜クロードもやりゃできるじゃねーか調理」
「あ、は、はい……」
「ん、くわえきれねぇ。はふ、あまいな、ふは
 …………なんでそこに立ってんだ?」
「え。いや、あの、それは」
「食うのにスゲー邪魔」
「違うんです、全然そんなこと考えずに焼いたんですけど、……ボーマンさんが悪いんですよ!?
 なんで僕の焼き芋おいしそうに食べるんですか!!」
「なんだその逆ギレ。うまいぜ」

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焼き芋(右反転会話)



密室事件


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「よお、入れてくれよ。そんなに眺めたい夜空ってわけでもねぇだろ今晩は」
「ボ、ーマンさんっ」
「はー、少しはあったけぇな。なんだよ、寝床でひとりさびしく待ってたんだぜ俺は」
「そういうこと言う……、僕もひとりになりたいときだってあるんですよ」
「そんな顔じゃなかったから話しかけてんだよ」
「どんな顔ですか」
「少なくとも今は、俺が傍に来てくれて嬉しいけどちょっと気まずいって顔、だな」
「そんな顔っ……してるんだろうなぁ」
「ほら、風邪ひかれても俺が困る。帰ろうぜ。俺はついでにお前の布団もあっためといた」
「ぐ……だめだ絶対それ我慢できないさっき抜いたのにちくしょう」
「何?」
「僕はもう少し後で戻りますから、先に帰ってて下さい」
「なんだよ、そろそろ寒いから一緒に寝ようぜ?」
「犬扱いやめてくださいよ。このまま僕と一緒に布団入って、困るのはボーマンさんですよ」
「なーんでだ?」
「僕は……、あーあ、もういいです。後悔しても知りませんよ!?」
「ははは。えっちなことしなきゃ、別に何してもいいぜー?」
「はいはい!!!知ってます!!分かってますよ何もしませんよ!!!よかったですね!!!!」

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夜の(右反転会話)


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 彼は僕のものじゃないと、分かってるつもりなのに、知る瞬間。
 小さな鳥が運んでくる言葉。
 それでも、彼女が心配して送ってくるより、彼が筆まめに近況を伝える方が圧倒的に多い。
 愛の言葉なんだろうな思っていられた頃は、まだマシだった。断ったのに見せられたことがある。
 日常の他愛もない話だけだ。それが、ひどく、胸を締め付けた。
 日常を過ごしている。こんなに離れていても、二人はいまだに同じ目線で過ごしていた。
 そのときの僕は確か、黒いインクが撥ねた紙に、茫然と目線を落とすだけだった。
 真っ白な頭には何も言葉が綴られない。指でなぞるだけの、嘘の言葉ばかりだ。
 彼が囁く冗談を、どんなに本気にしたくても、彼の本気はあちらにある。
 冗談じゃない。
 嬉しそうにした特別な顔を、見たくなくて背を向ける。
 彼が笑う姿が一番好きな、はずなのに。

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手紙(右反転文)



岩場の影


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「本当……だと思えないんだけど? お兄ちゃん、ウソつくの下手すぎでしょ?」
「クロードまじで黙れよ」
「はいはい、どうせボクには話してくれない事なんでしょっ。でも、この本置いていくね」
「本?」
「ボクの精霊が入ってるから、明日の朝に何の話だったのか、聞かせてもらうよ」
「え……っ、あぁああ、それは! だめ! ちょ、持ち帰ろう!! レオンっ!」
「おやすみー」
「…………ったく。クロードもとっとと寝ろよー。子どもに聞かれて困るようなこと考えてんなよー」
「うう、うう……だって、うう……っ。僕はもう大人なんだから!」
「ははははは。クロードが、大人、ははははははは!! あー面白ぇ」

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話してただけ(右反転文)



    
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